60s Icon

いつになっても永遠の憧れ


撮影現場でこの二人のリファレンスを出されることはは珍しくありません。


定期的にリヴァイバルされる60sを代表する二人のファッションアイコンをまとめました。



Jane Birkin


Brigitte Bardot






Jane Birkin

ジェーン・バーキン




1946年にイギリスで生まれた彼女は女優のジュディ・キャンベルを母に持ち、兄は映像作家のアンドリュー・バーキンという才能溢れる家で生まれ育った。






現在に至るまでイギリスとフランスを股に掛ける代表的マルチアーティストとして女優、歌手、モデルという場で活躍し続けている。




1963年 17歳でグレアム・グリーンの戯曲「彫像」に出演。

1964年 ミュージカル「パッション・フラワー・ホテル」に出演。

     出演した映画「ナック」がカンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞。

     同作で音楽担当をしていたジョンバリーと結婚しケイト・バリーを出産するが3

年後に離婚。


1967年 「欲望」がカンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞。

1968年 21歳でフランスに渡り、フランス映画「スローガン」でセルジュ・ゲンスブール

    と共演し出会い、交際が始まる。

1969年 ゲンスブールとのデュエットシングル「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を

    発表。





ここからゲンスブールと幸せな生活やシャルロットを妊娠し出産、DV等色々なことがありながらも彼が病没する1991年まで事実婚を続けた。




1981年 「放蕩娘」の出演で演技派女優としての地位を確立させる。監督であるジャック・

    ドワイヨンと結婚しルー・ドワイヨンを出産するが破局する。





1999年 「思い出のロックンローラー」収録の「無造作紳士」が日本のTVドラマの主題歌

    に使用された。日本で発売した「無造作紳士」収録のベストアルバムが30万枚ヒ

    ットした。

2001年 「大英帝国勲章」を受賞。

2002年 ライブアルバム「アラベスク」を発表。

2011年 東日本大震災の際4月という早い段階で来日しチャリティーコンサートを行う。渋

    谷の街頭で募金活動を行った。





とても多彩な三人の娘を持つ母。







それまでのマリリンモンローブリジットバルドーのような肉感的なセックス・シンボルとは正反対な飾らないナチュラルな魅力で人気を博し、全く新しいミューズとして君臨、新たなフレンチ・アイコンとなった。





ジェーン・バーキンを一言で表すなら「ナチュラル」



白Tとデニムは今でこそ定番化しているがそのスタイルを確立させたのは彼女。年齢を重ねてもベースはそのままにけれど少しずつスタイルを変えていっている。





それからかの有名なエルメスバーキンバッグの生みの親。




ジェーンのスタイルとしてカゴバックも特徴的だった。大きめのカゴバックを持ちなんでも放り込んでいた。ある日、そんな彼女と飛行機で偶然隣の席になったエルメスの社長が「整理をせず、なんでも詰め込めるバッグをプレゼントさせて」と申し出たことから、『バーキンが誕生した。





ジェーンは「自分をファッションアイコンであるなんて思ったこともない」とインタビューで答えている。

だが、自然体でいること、常に笑顔でいること、恋愛をすること、彼女の今までやってきたことや残してきた言葉がフレンチスタイルを作り上げてきた先駆者でフレンチスタイルのアイコンなのだろう。



以上、Jane Birkinでした。






Brigitte Bardot ブリジット・バルドー





『世界を虜にした、セクシーな小悪魔』



愛称は B.B.(べべ)。

フランス語の赤ちゃん「Bebe」とイニシャルをかけて、B.B.と呼ばれる。



Femme Enfant』と呼ばれている。

意味は、子供のように純真で純粋な面が垣間見られる小悪魔。常に自分の心に正直に自由奔放に振る舞う、どことなく憎めない可愛らしさがある未成熟な sexy kitten(セクシーな子猫ちゃん)だった。






すらりと長い手足、バスト99cm、ウエスト49cmのプロポーションから「セックスシンボル」としてマリリンモンローと人気を二分。

でも彼女はインタビューに対し「私はマリリンモンローの大ファンなの。彼女と比べられるわけがないわ!」と答えている。

大人でセクシーな色気のマリリンモンローとは反対のセックスシンボルだった。





1934年 フランス、パリの上流階級に生まれる。

     幼い頃から、バレエを習いバレエダンサーになることを夢見てた。


1949年 ファッション雑誌「ELLE」のファッションモデルを15歳で務める。




1952年 18歳で映画監督のロジュ・ヴァディムと結婚。

     女優の道を歩むことになり、フランス映画界デビューをする。

     デビュー作は夫が監督で「The girl in the bikini」





1956年 映画「素直な悪女」で生意気で奔放な官能的な演技で話題になる。


今作で、夫のロジュ・ヴァディムが監督だったが、共演者の俳優と不倫交際に発展。


この頃から常に浮き名を流し「スキャンダルの女王」となる。

「着る時に何を着ますか?」という質問に対し、マリリンモンローは「シャネルの5番」と返した話は有名だが、ブリジット・バルドーは同じ質問に対し「恋人の腕」と答えた。

マリリンモンローに負けを劣らず自由奔放に恋愛を楽しんでいた。




彼女は、20年に渡って、全46本の映画に出演する。




映画やアイコンとして有名なものをいくつかピックアップしてみました。





〜メイク〜



キャットアイと呼ばれるセクシーな目元とぷっくりとした唇がポイント。


〜ヘア〜







あどけなさが残る計算された無造作ナチュラルヘア。

シュークルート・スタイルと呼ばれるトップにボリュームを持たせた無造作ヘア。

ベッドルームヘアをセクシーなヘアスタイルのカテゴリとして確立させた。





友人の見舞いに病院に訪れた時の一枚の写真から整形疑惑となり、裁判所で医者立会いのもと検査し、無実を証明した。

華やかだけれど虚飾に満ちた芸能界よりも、穏やかで純真な動物たちと過ごすことが好きだったバルドーは、これをきっかけに芸能界を引退を決意する。





1973年「人生には成功するための時があり、満ち足りた生き方をするための時がある」と

    いう言葉を引用し、すっぱりと映画界を引退する。


1986年 ブリジット・バルドー財団を設立。

    ブリジット・バルドーの強い信念のもと、過激に、相手が有名人であろうとも容赦しない活動ぶりが話題。



現在でも活動を続けています。




今でも変わらない自由奔放さが、彼女の永遠の魅力です。



以上、【Brigitte Bardot】でした。



この二人のヘアメイクは数十年経った今でも色褪せることがありません。


撮影の参考になれば幸いです。